05

31
ソービュウティライフ

食って、走って、食って、寝る。
食って、走って、食って、寝る。
犬の習慣を見ているとつくづく優雅なもんだと思ってしまう。
一度これがキミの日常なんですよと刷り込んでやれば、その後はそれを忠実にこちらは促してあげればよい。
今日だけは過剰な愛情をかけてやろうというのではなくて、一定の愛情を変わらずにかけていくのだ。

む?
ちょっと待てよ? そう考えると、人としての生活も案外たいして変わらんのではないかと。
食って、働いて、食って、寝る。
食って、働いて、食って、寝る。
要は走っているか、働いてるかという違いだけでないか。

日常は不変をのぞんでいるのである。
今日を特別の日とすることはあっても毎日が特別の日とかなると疲れちゃうわけである。
朝起きてから30分先に自分が何をすることになるのか、何をしなければいけないとかいうことに見当がつかないとなると、毎日はストレスの連続になるのではないか。
そういう意味では相撲の番付も当日発表となると決まりが悪いとかいうのもなんとなく分からんでもない。

生きていれば明日は誰にでもやって来るもんだが、当たり前にやってくるもんだと思ってた日常が手を伸ばしても届かないところにいってしまうという現実も身近で起こっている。
世の中はうまい具合に公平でもない。
頑張って生きる姿は本当に心を打つもんがある。





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01

15
新扉鳥体制

そういえば昨年の続きだが。。。
answer

ピカピカ

もくもく

pikamin

おっと、前からいる1匹も忘れずに。。。
doa

doaぴか

今後はこのメンツでやっていきます。はい。



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01

08
新年ドッグ

なんやかんやでまた新しい年がやってきましたな。
月並みですが1年は長いようであっという間でもあるからして、この1年ももたもたせずに楽しいことは楽しいうちに、おいしいものは最初にの精神で生きることを楽しんでいければと思っております、はい。
新年は新しい珍犬も加わりまた新しいおもしろ生活ができればよいな。
というわけで、今や年1かという更新レベルですが、この1年もどうぞよろしこお願いしますです。


きんききんねん

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01

14
つつがありやなしや

なんやかんやで新年でございます。
はにゃ? もうずい分経っておりますな。 
とーはいえ、こちらの日記も本年最初というわけであるからして
年始の日記風にしておきます。
つつがなく新年を迎えた方も、つつが虫にかまれた方もとりあえずは
新年というわけで心入れ替えでございます。
なんとなく寛大に生きていければと思っております。
今年もよろしこどうぞでございます。


よろぴこどうぞ

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19
一分間だけバラデシュシュ

「一分間だけ(原田マハ著)」を読む。

うーん。なんというのだろう、一犬飼としての私の感覚からすると共感できる部分が少ないな。途中、この人は犬を飼ったことがあるんだろうかとも思ったりしたけど、考えてみればそれは私の一方的な価値観かもしれないな。感覚や角度といったもんは人それぞれだからどうでもいいといえばいいもんな。

なんか犬が亡くなっちゃうくだりなんかは、こうすれば読んでる人の心を掴めるだろうというような傲慢さを感じてしまったのは私だけか。

ただ、いろいろ犬が絡んでくる小説を読んだが、犬が人間との生活に介在することによって生じるいろいろなものの決壊というのか、それが習慣だったり、感情だったり、信頼だったりと、このあたりの破綻がなかなか読み応えがあり、上っ面の犬物語で終わっていないのはよかった。そうだ、生き物を飼うというのはそれだけの責任を負うのだ、と改めて感じるところでもあった。

毎晩遅く帰宅する主人公にありったけの喜びを表現する犬がよく描いてある。
なんやかんや言っても犬飼は単純にこれだけでグッとくるのではないか。

私もこれから帰宅するたびにうちの珍犬に「また会えたね」といってたくさん褒めてやろう。


体は?

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11

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日日好日日

おっと、うっかりしていたらもう10月も終わってしまい、すでに11月か。
どううっかりしていたのかをここにツラツラ書いてもさしてドラマチックなことは何もないし、ふつーに生活していただけなので触れないでおきましょう。
なに? 何がふつーなのかって?
そうか。ふつーの生活が逆にふつーに気になりますよって来るわけだな。
とすればちょっとだけ書くとすればですね、たとえば古切手を集めてはユニセフに寄付し、またたとえばお年寄りが横断歩道であたふたしていれば手を貸し一緒にわたり、もういっちょたとえば幼子がうっかり放してしまった風船が木に絡まり泣いていればその木によじ登り風船をとって降りてくる。
まー毎日がこういった他愛のないことの繰り返しではありましたな。もしかすると街を歩けば下町の良心とか言われてしまうのもこのへんのふつーの生活から来てるのかもしれないな。

そうそう。ドアポンもふつーに元気でございます。
食欲の秋というものを求めてもいないのに勝手に体現しているせいか、いよいよ肥満犬になりつつあります。
毎日会ってるというのに相変わらず帰宅すれば変な小踊りを私の前で披露し、その小踊りでギャランティーが発生すると勝手に思い込み「今の踊りのトリーツ的報酬は?」みたいな顔して私を見やがる。そんで何某かの餌にありついたら最後に大きくなったその腹を差し出し、ここを撫でろと指図する始末である。

あ。るん子将軍も残念ながら元気でございます。どちらかというと将軍のほうが位置的に近いのではないかというものでも「塩取って」などといった理不尽な命令を受け、私は「それは自分で…」という言葉をぐっとのみ込み、いちいち立ち上がり、その塩を取って片膝をつき「これにございますか」という日々ではあります。

まーそういうわけで私たちはこのままこんな感じでそこそこの冬を迎えることができるようです。


ドッグオンドッグ

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09

04
2セカンズ、ノストラドッグ

やや涼しくなってきた。
特別な思い入れはないが、これでホームレスらも寝苦しい日々から解放されるのだろう。朝、出勤の途中で見る彼らは少し生活力が漲っているような気もする。空き缶を潰すその足元に勝手に力を感じてしまう。最近は彼らも若年化の傾向があるようだ。ビッグイシューなどを掲げる輩が若いやつだと年寄りの仕事を奪うなよとも思えてくる。

先日、自宅でテレビなどを見ていると、わが家のバカポンが唐突に走ってやってきて「ワン」と私の顔を見て吠える。
こう書くだけではなんてことはないくだりになるが、私たちの関係では説明のつかない「ワン」という行為はそうそうない。
どこかでした物音に対して唐突に吠えることはよくあることだが、私の顔を見て吠えるということはとんとないわけである。
しかも私はこの家の世帯主である。キングオブキングなわけである。
厳密にはその上にキングオブキングオブキングのるん子将軍がいるにはいるが、対外的にはアイアムザキングなのである。

その私に「ワン」とはなにごとかこのヤローなのである。もしや下剋上か?とも思えるほどのレアケースなのであるが、そのおよそ2秒後。

ドーン、グラグラグラ。

である。
そう。地震が起きたのである。
そこそこの地震だったのだが、その程度がどうというよりも勝手に私の家の珍犬にちょっと感動してしまう瞬間だった。
以前から地震が起きると我が家で一番音をたてて揺れる食器タンスの前に行ってワンワン吠える習慣はあった。それがどういう考えになって私の前で吠えることにしたのか知る由もないのだが、ちょっとした予知犬ぶりである。
ただ、2秒前というのがなんとも残念ではある。
2秒じゃこれが手榴弾だとしても気付いたときにはあわあわしてるうちにドカンだし。

というわけでこの突然変異的に起きたバカポンの能力をどう私にとって都合の良いシステムにつなげていくか目下模索中なのである。


予知ドッグ?キミが?

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08

21
アイアムザマン

ちょっと前に健診に行ってきた。

特別健康に執着していてそれに努めているというわけではないが、気がつけば私もいい中年である。カートコバーンだったり芥川龍之介だったりすればもう死んでいる年齢である。
そういうわけで好き好んで不健康になりたいとは思ってないわけであるからして、通知がくれば健診くらい行くわけである。

採血室に入ると、どういうわけか顔を真っ赤にした看護師さんが注射器を持って採血をしている。素人目にも動きがガチガチである。
採血をされてる男にもその緊張が伝播したのか顔がやや赤い。
幸いにも看護師はふたりいる。
よかった、遠目で気がついて。
私は迷わずもう一方の方へ向かおうとする。

すると。
「すいません、向こうお並びください」
とどこからともなく、全てお見通しのような偉そうなヤツのお出ましである。
「なんで?別にこっちでもいいでしょうに」
とちょっとダダをこねる私。
「なぜ?それは順番つかえますから、です」
日本語がなんかおかしいでないか、と突っ込みたいのはやまやまだが、それはこの際置いといてやって、さらに抗う私。
「いえ。ゆっくり待ちます。特別急いでるわけでもありませんし」
私も私でそこそこ必死である。好き好んであんなガチガチに注射を打たれるわけにもいかないのだ。
少し逡巡してまた偉そうなヤツ。
「やっぱりダメです。あなた向こうです」
「なぜです?いいじゃないですかどっちでも」
「ダメ、あなた。ダメ」
これだけ変な日本語シャワーを浴びながら全て流されてることが気に入らないのか、はたまた医師の職責なのか、というか単に性格的なものなのか、どういう了見なのかは知る由もないが、こういうとき最終的に折れるのは寛大な常識人のほうである。
そういうわけで結果的には私はそのガチガチの前に座っている。

するとガチガチが。
「す、すいません」
む?なんで謝る?
それだけで私の体温は1度アップである。
誰だってインターンの時期はある。「いいですよ。ゆっくりやってください」というには私はまだまだ小者である。
「み、みぎ手を」
「右手」
「すいません。右手をグーパーグーパー」
なんだこのもったいつけは?
なんだかどんどん体温が上昇してくるでないか。
ガチガチはしばらく私の腕から血管を探したのち、
「すいません、やっぱり左腕で」
がーっ!! 右じゃダメなのぉ?なんでぇ?
なんやかんや言ってもジェントル・ザ・ジェントルマンである私である。
声にこそ出さないが、その胸中を開いて見せられるなら、ちょっとした盆踊り大会が行われているくらいのお祭り騒ぎである。
要は私の回転数は上がりまくりである。
私が車ならちょっとクラッチをつなげば、今ならアンジョリーナジョリーもほれぼれするようなロケットスタートが実現できるだろう。あれ?分かりにくい?

「あっ」
「はい?」
まだなんかあるのか。
「いえ。ここに打ちます、私」
そういうのって、宣言するのかフツー?
もうどうでもいいや、さぁ早いとこ打ってくれ、早いとここの面倒臭い緊張感から解放されたい。
と気分はシャブ中ばりの心の叫びをお見舞いする。

ところがまだ打たない。
私は顔を上げる。
「どうかしましたか?」
「いえ。あの」
今度はなんだよー。
「顔が近いっていうか」
「顔?」
おっといかんいかん。
どうにも針が入る瞬間を見ないと気がすまない私は、この変な空気のなかで気がつけば前のめりになっていたようだ。
注射をする瞬間は顔を背ける人もいるようだが、そんなことをして万々が一、間違えて後頭部に打たれたらどうするんだということを真剣にイメージしてしまう。

ずぶ。

ガチガチの顔を見ると、やっぱり顔が赤い。
私の後ろに並ぶ男はさっきからソワソワしている。
猛烈にこの列に並んだことを後悔しているのだろう。要するに次の生贄君なわけだし。このまま私が後ろにバッタリ倒れでもしたら、発狂すること請け合いであろう。

なんだか出てくる血もチロチロと覇気がない。
これがどうという専門的なことは分からないが、オシッコも血もドバドバ出てくるほうがなんだか男らしい気もする。

ふー。
なんとか問題なく終了じゃねえか。
ふとガチガチの顔を見れば、ひとつの小高い山を登り終えたような顔をしている。考えてみればガチガチしててもナースである。
一昔前ならナースと聞くだけで私の魂のレーダーが盗聴器発見器ばりにピーコンピーコン鳴りまくりだったもんだ。
というわけでというか、どういうわけかは分からんが、今では私もそこそこの大人である。
注射痕をガーゼでもみもみしながら次なる関所へゴーである。

ブライド越しに見える太陽が眩しい。
気分は石原裕次郎である。
呼ばれた診察室へ入る。
扉を閉める直前に声が滑り込んでくる。

「ダメ、あなた。ダメ」
偉そうなヤツの声だ。


とりゃりゃ

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08

18
ミンミンワンワンサマー

まったくあちー日が続いている。
四季があるからこそ生活にもメリハリってもんがついてくるんだろうとはよく思うが、それはそれとしてもここ最近はやってくる季節に対してもう来たのかと思うことが多い。
歳をとったということか。あるいは生活に追われているのか。
あんまりいい現象ではない。

会社のベランダで電話をしていたら、飛んでいるセミの上からカラスが追いついてきて、空中でパクッといきやがった。
あんまり見事な光景を目の当たりにしたので、その次に何を話そうとしていたのかをスコーンと忘れてしまった。
この飽食の時代になにもそんな難易度の高い方法で食す手段を選ぶこともないだろうに。しかもセミなんて。羽茶色いわけだし。

今朝はあんまり窓の外のセミがうるさいのか、バカポンがぶち切れてワンワン吠えていた。ていうか、私の枕元のそばで窓に手をかけて吠えるか、ふつー。
自分とセミはののしりあって対立関係が成立してるからそれはそれで満足かもしれないが、二次的被害者のことはそっちのけではいかんだろうに。
そういうわけでミンミンワンワンギーギーとやかましいではないか。
む?ギーギー?
そう。ギーギーというのは他でもないるん子将軍の歯軋りである。
これについては何も触れません、ハイ。

夏のひとときである。

静かな私の1日にはなにかしら音がある。
私そのものは静かなる紳士なわけであるが、その周辺が品行というかなんというか、ちょいちょいどうしてかやかましい。
幸とか不幸とか、期待とか心配とかは大体同居していることが多い気がして、日によっては、あるいは見方によってはずい分その間取りが偏って見えてしまう気もする。
近しい人間にはそれなりの幸を望むもんである。これが近いからかなんなのか、勝手に心配事も抱えてしまうのである。

そういう夏のひとときになりつつある。


そんなつまんない顔せんでもいいだろうに

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  • 「るんるん」の片方、「るん夫」のつるりつるりの散文構成。そんなにたいしたことはない日常を綴ります。そうそう、我が家の珍犬「ドア」の日常ももちろん絡みます。
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