06

08
名医ジャスティンバラデシュシュ

「名医ジャスティン(生長豊健著)」を読む。
なにかと犬絡みで取り上げられている本というのは書評の内容などもほとんど確認することもなく、ヒマがあれば無条件で読んでしまう。

してこの本。
サブに「奇跡を起こすセラピードッグ」とある。
犬と暮らす人、その周囲で犬による幸せを受ける人、涙ジワジワ。という勝手なイメージを持ってこの本を掴んでみたのだが、内容はそうではなく、事実を忠実に記したドキュメンタリーだった。
そういう意味では犬話というよりは医療のアプローチの仕方としての犬を媒介とした動物介在療法というらしいが、その症例とそれに伴うこの新しい医療のあり方への提案というのだろうか、犬バカの前知識のない勝手な期待とは裏腹に、なんだこういう本なのかぁなんて読み出したわけだが、読み終わるころには動物介在療法バンザ〜イとちょうど読み終えた山手線の中で叫びたくなる、そんな内容である。

それにしても犬である。
よく思うことではあるが、人と人との間には見えない溝であったり、壁であったり、なかなか開かない扉であったりと、その人に近づいてみて初めて知る踏み込めない隔たりがある。
犬というものはどういうわけかその抜け道というか隙間のようなものが見えている気がする。
ここから入るんだよと私に教えてくれている気がするのだ。

ちょいちょいあることなのだが。
これがまったく勝手な錯覚であるのは承知なのだが、私は犬バカ麻痺すぎるのか、世界のすべての犬の飼い主になった気になることがある。

勝手に他所の犬の扱われ方に心を痛め、勝手にいつも出勤時に通る家の犬が亡くなると涙を流し、勝手に街で見かける主人に従う健気な犬を褒めちぎる。もちろん心の声を発しているだけなのだが。
そういう意味ではこの本の中で出てくる幼い頃の筆者と父親のエピソードが私の心を締め付けるわけである。飼っていた犬を父が遠方の友人に譲るのだが、あろうことかその犬が遠路はるばる舞い戻ってくるわけである。ウソかホントかの岡山→大阪間(確か)をである。うれしい筆者はすっかり汚れたその犬を洗ってやり、その晩一緒に添い寝をする。まさに世が世なら県民栄誉賞くらいもらえそうな功績だが、そんな興奮気味の息子を見ておきながら父は非情にももう一度大阪へ戻すという話である。
すでに過ぎ去った古い話だったはずなのに、このエピソードが私の頭の中で勝手に画を構築し、世界の犬の飼い主である私は大阪のどこぞの友人なのだとか、あわよくば私が見つけ出してもう一度自宅へ送り届けてやる、そっちがその気ならこっちだってとかうっかり考えてしまうくらい、勝手に「私の犬」扱いなのである。

話がぐでんぐでんに逸れたが。
なんであれ犬、というかペットはセラピー的な要素は持ち合わせているのであろう。こちらの本ではジャスティンという犬が活躍する話だが、世界の犬の飼い主である私はこれから生涯にわたって、何匹もの犬たちにセラピられて生きていくのであろうと思う今日この頃となったわけである。


キミも何かに介在しろっ

    コメント:2

プロフィール

るんるん

  • 管理人:るんるん
  • 「るんるん」の片方、「るん夫」のつるりつるりの散文構成。もう片方の「るん子」のちょっとしたレポート。我が家の珍犬「ドア」「フラミンゴ」の日常をなんとなく拾って載せていきます。
  • rss
  • 管理者ページ

カレンダー

05 | 2009/06 | 07
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Archives

Category

Links




-天気予報コム-

DTIブログポータルへ
このブログを通報
Report Abuse