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一分間だけバラデシュシュ

「一分間だけ(原田マハ著)」を読む。

うーん。なんというのだろう、一犬飼としての私の感覚からすると共感できる部分が少ないな。途中、この人は犬を飼ったことがあるんだろうかとも思ったりしたけど、考えてみればそれは私の一方的な価値観かもしれないな。感覚や角度といったもんは人それぞれだからどうでもいいといえばいいもんな。

なんか犬が亡くなっちゃうくだりなんかは、こうすれば読んでる人の心を掴めるだろうというような傲慢さを感じてしまったのは私だけか。

ただ、いろいろ犬が絡んでくる小説を読んだが、犬が人間との生活に介在することによって生じるいろいろなものの決壊というのか、それが習慣だったり、感情だったり、信頼だったりと、このあたりの破綻がなかなか読み応えがあり、上っ面の犬物語で終わっていないのはよかった。そうだ、生き物を飼うというのはそれだけの責任を負うのだ、と改めて感じるところでもあった。

毎晩遅く帰宅する主人公にありったけの喜びを表現する犬がよく描いてある。
なんやかんや言っても犬飼は単純にこれだけでグッとくるのではないか。

私もこれから帰宅するたびにうちの珍犬に「また会えたね」といってたくさん褒めてやろう。


体は?

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日日好日日

おっと、うっかりしていたらもう10月も終わってしまい、すでに11月か。
どううっかりしていたのかをここにツラツラ書いてもさしてドラマチックなことは何もないし、ふつーに生活していただけなので触れないでおきましょう。
なに? 何がふつーなのかって?
そうか。ふつーの生活が逆にふつーに気になりますよって来るわけだな。
とすればちょっとだけ書くとすればですね、たとえば古切手を集めてはユニセフに寄付し、またたとえばお年寄りが横断歩道であたふたしていれば手を貸し一緒にわたり、もういっちょたとえば幼子がうっかり放してしまった風船が木に絡まり泣いていればその木によじ登り風船をとって降りてくる。
まー毎日がこういった他愛のないことの繰り返しではありましたな。もしかすると街を歩けば下町の良心とか言われてしまうのもこのへんのふつーの生活から来てるのかもしれないな。

そうそう。ドアポンもふつーに元気でございます。
食欲の秋というものを求めてもいないのに勝手に体現しているせいか、いよいよ肥満犬になりつつあります。
毎日会ってるというのに相変わらず帰宅すれば変な小踊りを私の前で披露し、その小踊りでギャランティーが発生すると勝手に思い込み「今の踊りのトリーツ的報酬は?」みたいな顔して私を見やがる。そんで何某かの餌にありついたら最後に大きくなったその腹を差し出し、ここを撫でろと指図する始末である。

あ。るん子将軍も残念ながら元気でございます。どちらかというと将軍のほうが位置的に近いのではないかというものでも「塩取って」などといった理不尽な命令を受け、私は「それは自分で…」という言葉をぐっとのみ込み、いちいち立ち上がり、その塩を取って片膝をつき「これにございますか」という日々ではあります。

まーそういうわけで私たちはこのままこんな感じでそこそこの冬を迎えることができるようです。


ドッグオンドッグ

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